大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)273号 判決 1972年2月29日
控訴人
ヤンマーディーゼル株式会社
代理人
中筋義一
外四名
(旧商号 伊藤製粉製麺株式会社)
被控訴人
イトメン株式会社
被控訴人
伊藤勇
右両名代理人
岡野富士松
外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審においてした仮処分申請をいずれも却下する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所は、不正競争防止法一条一号、二号の差止請求権を被保全権利とする控訴人の仮処分申請は、いずれも理由がなく却下すべきであると判断するものであつて、その理由は次のとおり付加するほかは、原判決理由の説示と同一であるから、これを引用する。
(一) 原判決二二枚目表三行目「疎明資料がない。」につづけて次のとおり加える。
「<書証>によると、三菱重工業株式会社が「スナイス」という食品をつくる機械を製造していることが一応認められるにとどまり、同会社が多角経営により食品部門に進出し、または進出しようとすることの疎明資料はない。したがつて控訴人のこの点に関する主張は採用できない。」
(二) 原判決二三枚目裏八、九行目「一応認めることができる。」の次行以下に次のとおり加える。
「被控訴会社のテレビコマーシャルフイルムまたは内容を撮影した写真で音声を文字で表わしたものである<書証>、当審証人Yの証言、当審における検証の結果によると、株式会社宮崎放送ほか一社で放映された被控訴会社のテレビコマーシャルフイルム各三本合計六本が、放映後右各放送会社から株式会社明治通信社(控訴人の広告代理店)に控訴人のものとして誤送された事実が認められる。しかし<書証>によると、昭和四一年八月から昭和四四年八月までの間に、株式会社富士広告社(被控訴会社の広告代理店)が右宮崎放送に送稿した被控訴会社のテレビコマーシャルフイルムは五七本、ラジオコマーシャルテープ一本であること、また右宮崎放送分を除く放送会社不明の三本分は昭和四〇年中に放映されたものであるが、昭和三九年九月から五年間に、右富士広告社が右宮崎放送を含む三六の放送会社へ送稿した被控訴会社のテレビコマーシャルフイルムは五五五五本、ラジオコマーシャルテープは三六本にものぼることが認められる。したがつて前記誤送の事実はまれな事例であつて、軽微な不注意に基づくものとみるべきであり、これをもつて不正競争防止法一条一号、二号所定の混同を判定するのは相当でない。」
(三) 原判決二四枚目裏一一行目の「のである。」と「なお、」の間に次のとおり加える。
「<書証>は株式会社日本リサーチセンターが、<書証>は社会行動研究所がそれぞれ控訴人の依頼に基づき、無作為に抽出した調査者を対象に、一般需要者が「ヤンマー」表示インスタントラーメンを販売する被控訴会社の行為がヤンマーディーゼルという表示のイメージに影響を及ぼすか、右行為により被控訴会社と控訴人との間に誤認、混同の事実が認められるか等について調査した結果を記載した報告書および資料集であつて、いずれも結論としてこれらを肯定する資料である。しかし、右各報告書の内容を仔細に検討してみると、当審証人の証言により成立を認める<書証>および同証言によつて認められるように、調査に使用した質問について、全体の質問の配列、回答選択肢の選択の仕方と配列順序、質問文と回答選択肢の表現等に誘導、作為がうかがわれないではなく、また調査結果の検討と解釈において、消費者の自発的、自然的な回答を得易い自由回答の結果よりも、誘導、作為の入り易い回答選択肢を示しての回答の結果を重視したごとく認められないではない。そして右記載中には右各報告書に対する理解不充分等のため、その誤解、独断にわたる判断の記載部分があつて、これを全面的には採用し難いにしても、右報告書に対する批判および調査結果の見方については、にわかに排斥し難いものがあつて、これらの点を合わせ考えると、(報告書)の記載内容をそのまま採用することはできない。のみならず、不正競争防止法一条一号、二号の「混同」については、単に文字的、数学的な基準によることなく、当該表示の使用方法、態様等諸般の事情に照らし、かつ、取引界の実情、並びに常識ある普通人の取引上における客観的注意を標準として、具体的に評価判断すべきものである(それは単なる事実問題ではなく法律問題である。)こと前記のとおりであるから、たとえ前記各調査の結果、「事実上の混同」を肯定する比較的多数人の回答ないし統計的数値が得られたとしても、直ちに右法条の「混同」を認めうるものではない。」
二当審で予備的に追加した仮処分申請について。
右仮処分申請は、被控訴会社による「ヤンマー」表示の使用行為等が、民法七〇九条の不法行為に、または控訴人の有する民法二五〇条所定の権利に対する妨害にそれぞれ該当するとし、不法行為上の差止請求権または準占有にともなう占有訴権が認められることを前提に、これらを被保全権利として主位的申請と同趣旨の仮処分を求めるものである。
わが、不法行為法は、民法七〇九条以下の規定に照らし、違法行為から生じた損害を填補させるものであつて、被害者の救済方法として、現になされている違法行為の排除、停止ないし将来の違法行為の予防の請求権を認めるものではないと解すべきである。一般に侵害された権利または利益の性質により、損害賠償のみ認めるか、妨害排除まで認めるかは立法政策の問題であつて、不正競争防止法一条の差止請求権のごときも、いわば不法行為の特殊類型として、同条に規定する要件のもとに特に認められたものというべきである。したがつて、不法行為一般を理由とする妨害排除ないし予防の請求権を認めるべきであるとの控訴人の主張は採用できない。
次に、控訴人の主張する民法二〇五条の権利とは、「ヤンマー」等の表示につき有する商号権、商標権、グッドウイル、信用、識別力等の集合した企業利益または企業権(以下単に企業利益という)を指すというのであるが、かかる企業利益自体をもつて法律上保護すべき一個独立の利益として認めることはできないから、いうところの「企業利益」を構成する商号権、商標権、不正競争防止法上の権利等の個別的権利を主張するは格別、「企業利益」に基づいて被控訴人らに対し妨害の排除ないし予防を請求しうる法的根拠はないものといわなければならない。要するに控訴人の主張は、商号権、商標権、グッドウイル、識別力等を企業利益と構成し、これを準占有の客体とすることによつて、商法、商標法、不正競争防止法がそれぞれ定めている差止請求権とは別個に、民法一九八条、一九九条の要件のもとに差止請求権を認めようとするもののようであるが、独自の見解であつて採用することができない。
以上のとおりであつて、予備的仮処分申請も被保全権利の疎明を欠くものというべきである。
三よつて、原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における予備的仮処分申請は理由がないからこれをいずれも却下する。
(山内敏彦 黒川正昭 金田育三)